「The Cherry Orchard 桜の園 - いちご新聞から -」 2010

「Cherry Orchard」Digest

2010. Dec. at あうるすぽっと(東京)

「チェーホフフェスティバル2010」参加

 

演出・振付 : 矢内原美邦
映像 : 高橋啓祐
音楽 : 阿部海太郎
衣装:スズキタカユキ
照明:森規幸(balance,inc.DESIGN)

出演 :
稲継美保 小山衣美 絹川明奈 酒井和哉  坂本沙織
遠江 愛 福島彩子 三科喜代 望月美里 山下彩子

photo:Nobutaka Sato

- Review -

「現代にふさわしい桜の園」ダンスマガジン2011年3月号掲載
 岡見さえ(舞踊評論家)

 チェーホフの『桜の園』は濫費を続けた末に美しい領地を失う貴婦人ラネーフスカヤの悲哀の内に幕を開けるが、矢内原美邦のダンス『桜の園~いちご新聞から~』は人形のを持った少女の「欲しい、欲しい!」という叫び声で始まる。揃いの長い金髪と白い裾の紅く染まったドレスの少女十人がはしゃぎ、人形を床に投げ捨て踏みつけると、一人がそれを拾って歩く。天衣無縫な少女たちの嬌声とダンスのあいまに、ふと沈黙が浮かぶ。数人が集まり踊っていたかと思うと、群れはほどけてじっと互いを見つめ合う。あるいは次々に別の方向を差して言うーー「どこに行けばいいんですか?」「待ってよ」「もう行こう」。原作の登場人物は現れず、対話でも説明でもないセリフは断片に過ぎず時間や場所も明らかにしない。だがなすすべもなく破局の足音を聞く絶望の数日をクロノロジカルに追わずとも、矢内原はチェーホフが会話で緩やかに紡ぎ浮き上がらせた感情の機敏や人生の綾を、一瞬のうちに恐るべき密度で蘇らせてしまう。
 ここでは言葉よりダンスが多くを語る。大小に展開する輪舞、強く床を踏むステップの群舞が複数交錯する立体的な振り付けが、複数の極の間で揺れ動く空間を作り出し、静止と躍動、立ちすくむ者と座り込む者、大切な何かをそっと守る一人の静かな少女と他の躍動的な十人との対照は、同質に見える少女らが秘める複雑な感情を浮き彫りにする。彼女らは桜の園で無邪気に遊ぶ少女時代のラネーフスカヤのようであり、桜の園を出て自力で切り拓く未来を夢見るラネーフスカヤの純真な娘アーニャのようでもある。振付の力で数十年の時間が一瞬で交錯し、人間の普遍的な感情が露わになり、舞台奥のパネルに映る静謐な樹木や動物の映像は、個人の生を越えた遥かな時間を観る者に誘う。そしてダンスは、観客それぞれが抱える現実と重なり合う。
 終幕、黒いドレスに着替えたダンサーたちはゼン力で走り、踊り、群れとなって飛び立つ無数の鳥の影に重なるように倒れたのち、冒頭と同じ嬌声を上げながら去っていく。物語の終わりと始まりの間の一瞬の空隙、悲劇と平凡な日常の間に覗く真空に落ちたような不思議な印象を観客の胸に残して、作品は円環を閉じる。留まるのか立ち去るのか、手放さないのか捨てるのか。原作に色濃い追憶や喪失の痛みに拘泥せず、古い秩序の崩壊と新しい胎動を生きる者の感情を抽出して純化し、矢内原は現代にふさわしい『桜の園』を作り上げた。

Flyer design:
Yuni Yoshida

- Credit -

舞台監督:鈴木康郎
宣伝美術:吉田ユニ
宣伝写真:佐藤暢隆
音響:牛川紀政
広報宣伝:小沼知子(あうるすぽっと)
プロデューサー:崎山敦彦(あうるすぽっと)

主催:(財)としま未来文化財団  豊島区
助成:芸術文化振興基金
特別協力:急な坂スタジオ
協力:precog
制作:CAN
企画製作:あうるすぽっと

 

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